元はてなの広告営業 mtakanoの日記

はてなビジネス開発本部 営業部 部長の高野です

石巻のボランティアに参加して

ゴールデンウィーク最初の二日間、石巻にボランティアに行って来ました。

こういうことは声高々に言うものではないと思いつつ、出発前に罪山さんのブログを読んで、雰囲気がかなり分かったこともあり、伝えることの方が大事なのでは?という思いで書きます。

「俺の邪悪なメモ」跡地


このエントリーでは、僕のような一般人が普通にボランティアに行って何をやったのか?どう思ったのか?という話を書きます。そして、ゴールデンウィークで一部ボランティアの受け入れ中止とあるけど、僕なりに理解したその背景、あとはどうすればこの致命的なマンパワー不足を解消できるのか、などなど見たこと聞いたこと思ったことを。

ボランティアツアーへの参加

公式な団体のツアー(東京都主催など)ではなく、先日の都知事選に出馬した谷山ゆうじろうさんが音頭を取って、彼の知り合いを中心にした、男女含めての計24人で行ってきました。彼は4月にも石巻を訪れており、その時に圧倒的なマンパワーの不足を感じたことから、今回のツアーを計画してくれました。僕は彼と面識はありませんでしたが、僕の友人がFacebookでこのツアーに参加する、と書き込んでいたのを見て、その友人経由で参加を申し込みました。


こちらは谷山ゆうじろうさんが4月にボランティアをしたときのエントリーです。
BEER LOVE DREAM


ちなみに都知事に出馬したなどと言うと仰々しいですが、とても気さくで当然ながらリーダーシップもあり、周りの空気を明るく変えてくれるいい男でした!普段は下ネタばっか言ってますけどね。まあそれはいいや。

スケジュールは28日(木)の夜に東京をバスで出発し、29日朝の石巻到着の後に活動、そしてボランティアセンターにテントを張って就寝、30日は活動後、その夜東京へ向けて戻るという、計二日間のボランティア活動でした。ちなみにボランティア活動は夕方16時までに終了させる決まりです。

ボランティア活動の中で、見たもの、聞いたもの

まず、東京からボランティアセンターのある石巻専修大学に着くまで、テレビで見るような瓦礫の山は無く、ほぼ普通の光景が広がっていました。どうしてもテレビで衝撃的な映像ばかり見ていたせいで、東北全てが大きな瓦礫と化したようにも思えてしまいますが、石巻でも場所によってダメージが全然違います。ただ時折、自衛隊の緊急車両、瓦礫を積んだトラックが通ります。

石巻ボランティアセンターで、当日の活動場所に振り分けられます。この日は4名くらいが他のボランティアの方の車に同乗して活動、他20名はまとめてバスで移動しました。このバスで活動場所に向かう中で、チラホラと被害にあった街並みが見えてきました。

中には冷蔵庫だけが捨てられている廃棄場も。。。石巻市の周りだけ?でこれだけの冷蔵庫の戸数が被害に。。。(しかもまだ回収出来ていない冷蔵庫もたくさん)


一日目はドブさらいをしました。地味な作業ですが、これをやらないといつまでも臭いまま、さらに不衛生による病気の蔓延に繋がる他、何よりも下水が使えない。ドブの中にはヘドロが詰まっています。側道の石をどかし、ひたすらヘドロの除去。それを土嚢袋に詰めて捨てる。力仕事です。この場所には僕ら以外のボランティアの方もやってきており、外国人のグループもいらっしゃいました。本当にありがたいことです。

で、3〜40人くらいで、三つの通りの側道、計6本が完了。ちょうどこの日からドブさらい開始のようでした。石巻市でどれだけの側道があり、全被災地でどれだけの側道があるのかと考えると気が遠くなります。。。夏前には完了させないとひどい事になるでしょうし。


二日目は、10人ずつのグループに分かれ、それぞれ一戸建ての泥掃除でした。泥掃除にも色々あり、家の中に入り込んだ泥の掃除、家具の洗浄などもありますが、この日は大工さんが全て剥がしてくれた床板の下に溜まっていた泥、というかヘドロの除去。あとは廃車をどかしたり、庭掃除などなど。ちなみに活動中は撮影していないので、写真はありません。
このご家族の方が近くのスーパーからお昼の弁当を買ってきてくださったりしました。大変感謝されました。僕らは一万個くらい抱えられていらっしゃる問題の、せいぜい一、二個を手伝ったにすぎないのに。。。10人がかりで一日掛けて一軒の泥掃除が完了です。前述したように、泥掃除も何日かの作業に分けなければなりません。これも、全被災地でどれだけあるかと考えると。。。。ちなみにこの家では、当日ガス業者が来ており、この日にやっとお湯が出ました。やったー。それまでのお風呂は、近くに自衛隊が設置してくれた浴場に入っていらっしゃったそうです。ずっと第一線で活動し、疲れているはずなのに笑顔で「ご苦労様」などと言ってくれる自衛隊の方には頭が下がります。

その他町の様子

物資が無いかも、と思っておりましたが、スーパーは開店しており、商品も揃っていました。それどころか東京よりも物価は安いです。ただ、一週間前にオープンしたとのこと。

このキレイなスーパーの一歩先がゴーストタウン。自衛隊以外、とても活動出来ないような場でした。なんというか、、、言葉も出ませんでした。この辺りでボランティアが活動できるのはいつになることでしょう。さらにこの辺りには、窃盗団が出没するという噂を地元の人から聞きました。

ボランティアセンター

石巻専修大学内に設置されていました。夜はここにテントを貼って寝ます。

このボランティアセンターの中を除いたところ、朝早くから夜まで電話なりっぱなしのようです。見る限り鳴っていない電話機は無かった。みんな必死で働いていらっしゃいます。市と連携し、毎日被災地の状況把握、当日の人員配置、ボランティアセンターのケア(ボランティアセンターの水、トイレ。。。などボランティアも世話を受ける立場です)活動のリーダーシップ、電話対応、物資の受け取りと配布、、、山積みです。でも皆さん明るく従事されていました。

ちなみに物資は倉庫に山積みになっていました。足りていないのは、泥を入れる土嚢袋だそうです。確かに一戸建ての掃除の時には、土嚢袋を500袋渡されました。それは足りないわ。。。

ゴールデンウィークの受け入れ拒否

幾つかの自治体がゴールデンウィークのボランディア新規受入を拒否したとのニュースが流れました。人員が足りないのを承知の上での、苦渋の決断だと思います。当日の活動場所ですが、まず車を持ってるボランティアの方から配置していきます。車を持っていないボランティア参加者は、車に空席があった場合にそこに同乗させてもらいます。僕らは人数が多かったので、バスを呼んでくれました。このバスも普段は通学用に使っているとのことでしたので、おそらく当日の人数を見て呼んでくれているのではないかと。

そのようにして幾つかのグループを作り、その中でリーダーを決めてもらい、リーダーが当日の作業の指示を受けます。そうすると、2,3人のグループで車を持たない人がたくさん行っても、単純に足が無いために断ることになってしまいます。また少人数のグループばかりで構成されると、リーダーシップを取りづらくなるのでは?と思います。戸建ての掃除で、住人の方の指示を仰ぐわけにもいきませんし。


ただ、繰り返しますがマンパワーは圧倒的に足りないと思いました。あれだけの人数でも全体に比べればわずかな区間のどぶさらい、一日一戸くらいの清掃、さらにまだとてもボランティアが入らない地域もある。かなり復興していると聞いている石巻で、気が遠くなるほどの作業が待っていました。そしたら、他の地域はいったいどうなんだよ。。一方、ゴールデンウィークが終わった後、普段の生活が待っているため、何とかしたいという気持はあっても、そうそう参加は出来ないと思います。

今後の復興のために

多くの人が(他人事のように言ってますが、当然僕も含め)、気持はあるけれども中々ボランティアには行けません。仕事、お金、当日の足、準備などなど。被災地には手を動かすマンパワーと、ボランティアセンターのパンクを防ぐマンパワー(準備含む)が求められています。これらを解決するには、被災地まで行きやすい生活環境、交通手段、さらにはボランティアセンターの負担を軽減出来るよう、予めリーダーを用意するなど、協力しやすい体制がよりベターになります。

でも、僕には大した解決策は思いつきません。。。旅行会社にツアーを組んでもらう、企業や大学に奨励してもらう(強制は絶対に良くないですが)、くらいでしょうか。せめて、もうちょっと気軽に一泊二日で観光がてらボランティアが出来る、くらいのハードルであれば、解決できるのかもしれませんが。。。東京で経済を回すのも復興への協力、と頭で理解しているのですが、想像以上にマンパワーが足りない現実を見てしまうと、何とかならないものかと思います。


いずれにせよ、旗振りが必要です。僕らは、谷山さんがリーダーになり、旗を降ってくれたおかげで参加できました。彼もエロいギャグを言ったりしているだけではありません。とてもクレバーな熱い男でした。まあ大貧民はだいたい僕の方が勝ったけど。とにかく、何とか機会を見つけて、またお手伝いに伺いたいと思います。



最後に、不謹慎と思われるかもしれませんが、仲間と参加して楽しかったです。適当な赤と白のジャージ来て行ったら、「ウルトラ」とか「セブン」とか変なあだ名つけられちまったし。なんか外国人のグループともうなずきあったりしたし。最終的にFacebookの友達申請会も始まったし。まあ神妙な顔して泥掃除してもしょうがない、どうせなら明るくやった方がいいです。泥掃除の休憩中、谷山さんが中心になって馬鹿話してくれて、ご家族の方もたくさん笑ってくれました。他にも、たくさんの地元の方が「ありがとう」「ごくろうさま」と声を掛けてくれました。
出来ることはわずかしかないけれど。自己満足が混ざっているのかもしれないけれど。せめて「東京から若い人が手伝いにやってきた」とでも元気を出してくれれば。そんな気持です。